映画「東京難民」から学ぶ、自由に生きても路頭に迷わないために大切なこと
映画「東京難民」を観た。
ざっくり言うと、普通の大学生が親の失踪によりネカフェ難民になったりホストになったりホームレスになって路頭に迷う話だ。
私自身、放浪やネカフェ泊が好きなので、住所だけ移してネカフェ暮らししようと本気で考えてた時期がある。
今はポケットレジデンスやこんな住所貸しサービスもあるので、やろうと思えばできるしね♪
だからちょっと楽しみにしながら見たんだけど、この映画を見終わって1番に思ったのが「これ、社会というより主人公自体に問題ありちゃう?」ということだ。
たしかに路頭に迷うことになった直接的な原因は親の失踪かもしれない。
ただ、主人公自体にも問題ありまくりやよなーって。
この記事では、東京難民の主人公・修(オサム)のようにならないために大切なことをまとめてみたよ。
自由に生きたいという気持ちと不安とを同時に抱いている人はぜひ読んでみてちょ。
【もくじ】
主人公が転落した理由
修が路頭に迷うことになった理由は主に5つ。
- 他力本願
- 責任転嫁
- 優先順位が判断できていない
- お金の使い方がわかっていない
- 「優しさ」を勘違いしている
順番にそれぞれ解説していくね。
他力本願
大学の単位が足りるかどうかという場面での修の一言が「なんとかしてくれるっしょ」
これ、修の性格を一言でめちゃくちゃよく表してるなーと思った。笑
誰かがなんとかしてくれるだろうという発想。自分のことなのに、めちゃくちゃ他力本願なのだ。
いやあなた自身の問題なんやでーっていうね。笑
自分の人生なんだから、自分で考えて転がさんといけんのだ。
責任転嫁
大学除籍に関しては、大学と親との間で連絡が取れておらず、修自体知らなかったので仕方がないとしよう。
ただ、借りていたアパートを出ていかないといけなくなったのは修の責任だと私は思う。
というのも、修さん、内容証明で警告されてるんよね。笑
(内容証明ってなんぞ?って人はこちらからどうぞ。まぁ重要書類は内容証明で届くことが多いので放置したらやばい書類と覚えておけばOK)
修はその封を開けもせず、ポイっと部屋の中に放置★(他にも郵便物やらなんやら放置していてキチャナイ)
いや封筒に「重要」って書いてあるやーん‼︎‼︎
私の話になるんやけど、子供の頃何度も電気やガスが止まってたんよね。
で、何度もこういう書類を見てきた経験があるし、こういう書類を放置したらどうなるかということを身をもってよーく知っている。笑(黄色い封筒=危険(笑))
親が修と同じく重要書類を放置するタイプだったので、余計にそう思ったのかもしれん。
いや、「知らなかった」やなくて書いてるでしょって画面にツッコミそうになった。笑
修さん、それは間違いなくチミの責任だ。笑
優先順位が判断できていない
家を出ていかなくてはならなくなった修氏。不動産屋さんの恩義で、3日待ってもらえることになる。
だけど修氏、タバコをぷかぷか吸い、あろうことかパチンコへと繰り出す。笑
「いやあなた優先順位わかってる?」ってここでもまたツッコミそうになった。笑
3日しかないというのは、見方を変えればまだ3日あるということ。
現時点でまだ書ける住所があるんだから、とっとと寮付きの仕事なりなんなり見つければどうとでもなる。
→ちなみにワタクシの寮付きの仕事を見つけて大脱出した話はこちら 笑
にも関わらず、パチンコをしながらタバコをぷかぷか。気づけばお財布の中は1諭吉のみ。
で、挙げ句の果てにカギを替えられて締め出されるという。笑
優先順位はきちんと考えましょう。
書ける住所があるうちに次の手を打てば、大抵のことはどうとでもなるし動きやすいよ(by都)
逆に、本格的に住所がなくなると動きにくさは格段にアップする。
お金の使い方がわかっていない
貧乏に転落する人に共通する1番の原因がこれかなと。
修も同じで、お金の使い方や優先順位が全くわかっていない。
お金が無いにも関わらず、タバコは辞めないし、せっかく手に入れたお金も飲み歩き&ホストクラブで一晩にして使い切るという暴挙に出る。笑
優先順位がわかってない&お金の使い方を分かってないのコンボ技は、貧乏に転落する最短ルートやなとしみじみ思う。
「優しさ」を勘違いしてる
修という人物、人によっちゃ「優しい」「情に厚い」と捉えるんやと思う。
ホスト時代に修を気にいるあかねさんも「オサム君って優しいのね」とべた褒めだったし。(んでこのあかねさんがめちゃくちゃ美しいんだなこれが)
ただ、言わせていただきたい。
修は優しいんじゃなく、その場その場の感情や情に流されてるだけだと。
自分の問題も解決できていないのに、次から次へと人の問題に首を突っ込む。
いやまず、自分のことなんとかせんかいと。
私も過去に勘違いしてた口なんやけど、自分のことをなんとかできない人が、人のことをなんとかすることなんてできない。
また、人の問題を必要以上に背負いこむのは優しさとは言えない。
その人が自分の力で立てなくなるし、力もないのに首を突っ込むのは共倒れになるだけ。
また人の問題に首を突っ込む人にありがちなんやけど、人の問題に首を突っ込むことで自分の問題を後回しにするための言い訳にしちゃいけんよ。
まとめ
自由と自立はセットだ。
自由に生きるためには頭も使う必要があるし、自分で情報を集めたり動く必要がある。
自分のことは自分でなんとかすると腹くくることも必要。
修に足りないのはそういった覚悟なんじゃないかなーと見ていて思ったよ。
あとね、映画自体の感想としては、あかねさんが可哀想すぎる。笑(めっちゃ美しいのにっ‼︎)
まぁ、ダメ男にはまる女の典型なんやけどね。(「私が何とかしてあげなきゃ」は相手の自立心を根こそぎ奪っちゃうよ。気を付けて―)
やらしい意味ではなく(いや、やらしい場面やけど)裸もとても綺麗なのだ。
ほんとね、絶賛したいのはあかねさんの美しさ。(←え)
観終わってすぐ女優さんの名前を検索したもん。笑
※美しさを伝えたくて写真をお借りしました。
大塚千弘さんというらしい。可愛い&美しい。正統派美人。お人形さんみたい。
修を反面教師に路頭に迷わないコツを学びつつ、あかねさんの美しさに見とれながらぜひこの映画を見て欲しい。笑