「家族とはなんぞ?」誰でも気軽に立ち寄れるリビング「ごちゃまぜの家」におじゃましてきた!
神奈川県横浜市には、無料で宿泊できる面白い場所があることを知っているだろうか?
その場所の名は「ごちゃまぜの家」。
「ごちゃまぜの家」とは、一言で言うと、誰でもいつでも家にあるものは無料で自由に使える空間だ。
ごちゃまぜの家は「誰でも、いつでも、家にあるものは無料で自由に使える空間」です。
— ごちゃまぜ太郎 (@GochamazeKikuna) September 15, 2018
説明不足感がハンパないですが、お気軽にお立ち寄りください。家に誰もいない場合もありますが、鍵はかけてありません。ご自由にお入りください。
GOCHAMAZE no IE
横浜市港北区富士塚2丁目24-5
05010268936 pic.twitter.com/Ls8G9ZiHLR
坂爪圭吾さんによる、クラウドファンディングで作られた「誰もが気軽に立ち寄れるリビング」なのだ。
ごちゃまぜの家をつくりたい! - CAMPFIRE (キャンプファイヤー)
坂爪圭吾さんは、かつて家無し生活をされていた方で、ブログ「いばや通信」も大人気。
私もブログを以前から拝見していて、
「坂爪さんに会ってみたい!」
「ごちゃまぜの家にも行ってみたい!」とずーっと思っていた。
もうね、ずーっと気になっていたので、行ってみた。
【もくじ】
- ごちゃまぜの家の情報
- 夕方、八つ橋をお土産に訪問
- ごちゃまぜの家は「田舎のおばあちゃん家」
- カレーと小豆玄米のおいしいごはんと素敵な歌を楽しんだ
- おうちの中は基本的に自由に使っていい
- 「家族とはなんぞ?」の答えがわかった
ごちゃまぜの家の情報
- 所在地:神奈川県横浜市港北区富士塚2‐24‐5
- mail:gochamaze.kikuna@gmail.com
tel:05010268936 - ウェブサイト:GOCHAMAZE no IE
最寄り駅は▼
JR/東横線菊名駅より徒歩9分
東横線妙蓮寺駅より徒歩15分
東海道新幹線新横浜駅より徒歩20分
ごちゃまぜの家は、住宅街の中に普通にある。ぱっと見は普通のおうちと全く変わらないので、初めて訪れる際は少しわかりにくいかもしれない。
私も周辺までは来れたけど、入り口がわからずうろうろした(笑)
基本的にカギはかけられておらず、だれでも気軽に立ち寄ることができる。
訪問したい人は、電話やメールでアポを取ろう!(お部屋が空いていれば泊まれる)
夕方、八つ橋をお土産に訪問
4日ほど東京に行く機会があり、「せっかくだからごちゃまぜの家に行ってみよう!」とアポを取ったところ、快諾。
ルンルンで、生八つ橋をお土産に夕方5時ごろごちゃまぜの家にお邪魔した。
【3月の予定】
— 都 (@miyakokara) January 14, 2019
虐待サバイバー写真展撮影
発達障害Bar Brats 訪問
ごちゃまぜの家 訪問
すでにアポ済み💪✨
「当たり前」とか「みんな同じ」必要なんて何1つなくて、それからはみ出したっていい
会いたい人に会いに行くぞー✨
今からすごく楽しみ☺️❤︎#自由人 #自由気ままに楽しく生きる
家のドアはあけられており、管理人の稲村さんが出迎えてくれた。
この日はたくさんの人がいて、私を含めて9人もの人がごちゃまぜの家にいた。
思わず、「結構たくさんの人がいるんですね!」と言ったところ、いつもはこんなに人はいないとのことだった(笑)
みんな各々好きなことをしていて、集まりたいときは集まるし、普段は自由に行動しているとのこと。
堅苦しくなくて、自由で、すごくいい。
ごちゃまぜの家は「田舎のおばあちゃん家」
ごちゃまぜの家は、たとえるなら田舎のおばあちゃん家。
私は虐待サバイバーで、実際にはおばあちゃん家でさえ気を使ってしまっていたんだけど、多分ごちゃまぜの家の雰囲気を言葉にするとこれが1番近いと思う。
和室の落ち着く空間とお香の香り。あたたかな日差しとさわやかな風。静けさとゆったりとした時間。
とにかく落ち着く、ゆーったりとした時間が流れる場所だった。
夜は和室にお布団を引いていただいた。このお布団がふっかふかで暖かくて、吸い込まれるように眠りに落ちた。
ほんとね、電気を消すのを忘れるくらい、吸い込まれるように寝入ってしまった。(ごめんなさい)
昨晩はとても良く眠れた。睡眠は浅めで長時間眠るのが苦手なので、自分でもびっくりしている
— 都 (@miyakokara) 2019年3月10日
一般的にたとえるならおばあちゃん家のような感覚なのだと思う(虐サバなので、実際は何かと気を使ったり落ち着かなかったので想像だけど)
静かで落ち着いてまったーりとした雰囲気#ごちゃまぜの家
カレーと小豆玄米のおいしいごはんと素敵な歌を楽しんだ
泊まった夜は、住人のよしえさんや中島さんがカレーを作ってくれた。
具材がごろごろと入っており、面白かったのが大根が入っていること!煮込まれた大根はやわらかくなっていて、「カレーに大根って合うんだな」と、新たな発見だった。大根のキャパシティにはビックリだ。
また、ごちゃまぜの家では常時小豆玄米が用意されているんだけど、これが本当においしいのだ。
普段私も玄米を食べるんだけど、小豆と一緒に炊くことで、豆のたんぱく質と玄米とが相乗効果で、なんかめっちゃよい感じになるらしい(どうだこの表現力!w)
その後、坂爪さんがギターを片手に歌いだした。(改めて思う、やはりみんなめちゃくちゃ自由だw)
歌ってくれた曲がこちら▼
新しいことをやる時、自分の中から「やめときなよ」と諭す声が聞こえてきます。でも、同じくらい、いつだって「行こうぜ」と広い世界に連れ出してくれる声も聞こえます。私は、この『行こうぜ』の声に従って生きていきたいと思い、この曲を作りました。
— 坂爪圭吾 (@KeigoSakatsume) March 10, 2019
それでは聞いてください。
丸腰中年団のテーマ pic.twitter.com/mJrxMJhp2V
歌詞! pic.twitter.com/DghmFgtOi9
— 坂爪圭吾 (@KeigoSakatsume) March 10, 2019
もうね、めちゃくちゃストレート(笑)
でも、私はこの曲がすごく好きだし、すごく共感した。
日本人はとくに「普通」や「世間体」に左右されてしまう人が多い。そんな中でも、いつまでも子供のような純粋な心や好奇心を持つ人って、ほんとすごく素敵だと思う。
個人的に好きなのが「いつか行くぜあの世。丸腰で行くぜ」
人間いつかは死ぬ。で、その瞬間まで全力であそぶこと。人生を楽しみきること。
生意気な子供をあらわす言葉で「クソガキ」という表現があるけれど、私はいつまでも素敵な「クソガキ」でいたい。
坂爪さんを表す言葉でぴったりな言葉を思いついてしまったんだけど、まさにこの人は「素敵なクソガキ」なんだと思う。
そこにはいいも悪いもなくて、自分の気持ちに正直に、全力で人生を楽しみ・味わい・遊びつくす。永遠の「素敵なクソガキ」なんだと思う。
うまく言えないんだけど、坂爪さんとは、「遊ぼうよ!」と全身全霊で言っている人なんじゃないかなと私は思った。
私も今回は緊張してしまってあまり話せなかったのが残念だけど(なんだろね、話したいと思えば思うほど言葉が出なかった)、次に行ったときはぜひいろんなお話をさせてもらえたらなと思う。
おうちの中は基本的に自由に使っていい
ちなみにごちゃまぜの家にあるものについては、基本的には自由に使っていいとのこと。
キッチンや洗面所などのいろんな場所に「ご自由にどうぞ」「take free」のメモが貼られており、住民の人にも少し聞いてみたところ「ルールとか基本無いよ」とのことだった(笑)
「家族とはなんぞ?」の答えがわかった
私がごちゃまぜの家に興味を持ったきっかけが、坂爪さんの「家族はなんぞ?」というつぶやきだった。
【クラウドファンディングを公開しました!】
— 坂爪圭吾 (@KeigoSakatsume) April 3, 2017
昔から「家族とはなんぞ??」という思いがありました。多分、私は『ごちゃまぜの家族』をつくりたいのだと思います。
ごちゃまぜの家をつくりたい! - CAMPFIRE(キャンプファイヤー) https://t.co/Syybr2HkPA
「家族とはなんぞ?」
これ、私もずーっと思っていたことだった。
私は虐待サバイバーで血縁関係にすごく苦しんだ。
だから、従来の「家族」という形にはすごく息苦しくて窒息しそうになってしまう。
また、私は正直いわゆる普通の「家族」というものがよくわからないのだと思う。(経験がないから、感覚的に本当の意味ではわからない)
ごちゃまぜの家には、私の求める「家族」の形があったように思う。
家族とは、人が人生を楽しむ中で、流動的に関わり合っていく関係のことなのではないだろうか。
血の繋がりとか家と家の関係とかの堅苦しいものではなく、同じ空間を共有したり生活を共有したり、時にはお互いに影響したり。
上手く言葉にできないのだけど、本質的には、縛りあうものではなくもっとフラットで自由で開放的な関係性。
これこそ、私の求める家族の形なのだと思う。
#ごちゃまぜの家 は一言で言うと「開放されたリビング」
— 都 (@miyakokara) 2019年3月10日
誰でもきていいし、それが普通で、勝手にご飯を食べたり自由に振る舞う(傍若無人ではなくね)
「来たよー」「帰るわー」という感じというか、過剰にベタベタせずすごくフラットなのだ
私が「家族」が苦手だった理由が #ごちゃまぜの家 でわかった
— 都 (@miyakokara) 2019年3月10日
私の「家族」は「監視」「抑圧」「束縛」だったんだ
安心したり落ち着く場所ではなくて我慢して抑圧して耐える場所
おばあちゃん家も、外出1つできなかった。だからすごく息苦しくて窒息しそうだった。
#ごちゃまぜの家 に来て、私の経験した「家族」と一般的な「家族」にはかなりの乖離があるんだなと気づいた
— 都 (@miyakokara) 2019年3月10日
一般的な「家族」は各自が自由に過ごし、依存せず必要に応じて集う
ベタベタせず、あっさりさっぱりと風通しが良いのだ https://t.co/P3yB20YrV2
#ごちゃまぜの家 には、朝から人がやってきた
— 都 (@miyakokara) 2019年3月10日
こういう、開かれていて出入り自由な空間ってすごくいいなと感じた
縛られず息苦しさがなくて自由でフラットだ
次は野菜とか食材をお土産に、またぜひ遊びに来たい😊
ごちゃまぜの家は、想像以上に素敵な場所だった。ぜひまた、お土産や食材をもって遊びに行きたいと思う!
もしごちゃまぜの家に行く際は、事前にアポを取ってね。空いてたら誰でも泊まれるよ♪