自由人法帳

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本当の「自立」は最近になってやっとできたように思う

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ブログのお題で「わたしの自立」というのがあり、「本当の自立」ってなんだろう?と考えてみた。

 

私の場合、本当の自立ができたのは最近になってからのように思う。

 

3種類の自立

自立には大きく分けて3種類ある。

  • 経済的自立 自分のことを自分で賄うこと
  • 精神的自立 自分の人生の責任を自分で持つこと
  • 社会的自立 社会の一員として出ていくこと

 

人によっては、もっとあると捉える人もいる。自立の概念は人によって違う。

自立とは何か?【自立を考えるシリーズ1】 | 今を生きる

自立の4つの種類と3つのチャンス | 33 の扉 Neo

 

 

私は生い立ちに恵まれなかったので、この中でも経済的自立と社会的自立は早かったように思う。

 

早く家を出たかったから、学生時代からバイトして早々に家を出ているし、ほどよい距離感を保ちつつだけれど、社会の中には溶け込むようにしてきた。

 

ただ、精神的自立については、できるようになったのはほんの最近だと思う。

 

アダルトチルドレンの中にも、この精神的自立ができなくて苦しむ人が多いと思う。

 

精神的自立とは自分の人生の責任を自分で取るということ

「自分の人生の責任を自分で取る」ということは、自己責任だということ。

 

ただ、私はこの意味を重苦しくとらえすぎていて、大切なことを見落としていたように感じる。

 

自己責任だということは、確かに、自律や自責といった、厳しいイメージを抱く人が多いと思う。

 

ただ、それよりも忘れてはいけない本質は「自分で自分のことを幸せにする」ということ。

 

私はこれを見落としていたから、自分に厳しくするばかりで、自分を大切にすることを忘れていた。

 

自分に厳しくすること=精神的自立ではない。厳しくするだけでは、自分を痛めつけているのと同じ。

 

自分のことを自分で幸せにすること=精神的自立。自分はなにが好きで、なにが嫌いで、どんな時に幸せを感じて、どうありたいのか。

 

自分のことを自分で知って、自分で満たせるようになること。

 

自分のご機嫌を自分でとり、自分で自分を幸せにできること。

 

これこそが、精神的自立だと思う。

 

本当の意味で自立ができてる人って少ない気がする

書いていて思ったのは、本当の意味で自立ができている人は少ないなということ。(私含め)

 

特に、精神的自立ができていない人は多いんじゃないだろうか。

 

経済的自立と社会的自立は、社会人として働きだすとほぼ自動的にできるようになる。

 

働けばお金は手に入るし、否が応でも社会の中に入っていくわけだから。

 

問題は精神的自立。

 

たとえば、機嫌が悪いと周囲にあたる人。

 

やってほしいことを口に出して伝えず、「察せない」と相手のせいにする人。

 

人の悪口や陰口を言う人。すぐに人のせいにする人。

 

こういう人は、どこにいっても、何歳になってもいる。

 

ちなみに毒親やDVモラハラをする人も、この精神的自立ができていないと私は思う。

 

他者と自分との間に境界線を引くことができず、自分の幸せを他者に委ねている。なにかしらにつけて、相手のせいにしている。

 

他者に自分の感情や幸せを委ねるから、土台ができていなくてぐらぐらする。だからこういった人たちは、見ていてすごく不安定。

 

他者は自分の思い通りにはならないし、自分を幸せにするのは自分だからね。

 

自分で自分を幸せにする、これに気づいてから、私はすごく生きやすくなったし、本当の意味で自立できたように思う。

 

このお題のキャッチコピーにも「「自立」って楽しい!」と書かれているけれど、本当にその通りだと思う。

 

本当の意味で自立がきちんとできていると、本当に人生は楽しくなる。

 

自分の人生の主役は自分。自分で自分を幸せにすべし♪